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りじ鳥  ~No.1~

写真   「 木は伸びるとき、地下にも伸びる 」


この言葉が刺さったのは、「善くあるためには、悪と関わることも必要なのか!?」とショックを受けたからです。

人や人生、「世界」も木に例えることがあります。
心理学では「バウムテスト」といって、木の絵をかいてもらって、描いた人の心理状態を判断することもあります。

天国、地獄というように「天」は善、明るい、楽しいなど、「地下」は悪、暗いもの、苦しいという対比を多く見かけます。
蓮の花は泥から生える、というのも共通するテーマです。
「蜘蛛の糸」という話の中では、蓮の根元の泥は地獄でそこでは地獄に堕ちた人たちが苦しんでいます。そこから生えた蓮の葉の上(天国)の仏様が地獄を見下ろす描写があります。
「仏は聖なる存在だと思っていたが、地獄から養分を得ている蓮の上(天国のこと)に住んでいる。穢れた地獄に支えられた世界に住んでいる仏は本当に善い存在なのか?」と違和感を持ちました。
仏は強聖なる存在ということで、今は納得しています。
木は決して清らかとは言えない肥料、土で育ちますが、果実は良いものです。
果物は肥料から養分を得ますが肥料そのものではありません。
ただ、木は肥料から、自分に必要なものを能動的に取り入れるという努力(?)によって、よい木に育ち、よい果実をつけるのです。

良い木であるためには根をしっかり張る必要があります。地上は立派でも、根が浅ければ木は倒れてしまいます。ですから、立派な木は根も立派でなければならないのです。高く伸びる木は、深く根を下ろし、広がる木は、根を広く張ります。
根を張れない木は、大きくなれず、実もならず、枯れて土に戻り、ほかの木の養分となるのです。
 恐ろしいことに、良い立派な木は深く広く「悪」に根を張り、そこから必要なものを取り入れ、「善」に向かうことになるのです。しかし、これは悪と同化することとは区別されます。地獄の住人は悪と同化し苦しんでいます。
木は悪と「和して同ぜず」必要なものを取り入れ善に向かうのです。

このような木でありたいと思うのです。
人生楽じゃないね。 りじ鳥
写真
出典 フレーズのみ